煙の玩具64

 63の“MEMORIAL”には、おまけがつきました。
 LS安藤さんのご主人が「もう一本、入ったんだけど、これは売り物にはならないな。おまけか、五百円ぐらいで売るか」と仰りながら、別の HANSEN のパイプを見せてくれました。「こんなに焦げてちゃね。結構磨いたんだけど」。

 見たところ、それは焦げではありませんでした。ボウルトップの縁は、意外に焦げないものです。火は素直で、吸っている場所に突入します。縁が焦げたように見えるものは、たいていがタールです。

「では、僕に五百円で売ってください」とお願いしたところ、その話は冗談ではなく、本当に五百円で売ってくださいました。

 家に帰り、ヤカンでお湯を沸かし、蒸気にさらして拭き取ったら、タールは見事に全部、落ちました。

 やや、左右非対象な HANDMADE、ステムはエボナイトで、かなり初期のものです。これが五百円。素敵なおまけでした。

煙の玩具63

「逃してしまうと一生後悔しそうなパイプ」というものがありまして、僕はよくその幻覚の中で苦しんでいます。僕は、逃してしまった辛さを知っているので、次にそういったパイプが現出したときは、何にも集中することができず、常にそのパイプのことを考えて社会的行動がとれなくなってしまうのです。
 僕の HANSEN 好きを知っている方が、電文を打ってくださいました。「LS安藤サン二 HANSEN 見ユ、“MEMORIAL”ト認ム」

 大変なことになりました。“MEMORIAL”は HANSEN の高級グレードです。60本以上の HANSEN を溜め込んだ僕も2本しか所有していないのです。血が突然、冷たくなったような感覚でした。僕の中の“僕会議”の僕たちが、それぞれ勝手なことを叫びだして会議は踊り、しかし、全然進まず、足は震えっぱなしです。

 とりあえず、リビングショップ安藤さんに電話をして、リザーブしてもらって、ようやく人間らしくなりました。

 17日土曜日。凍るような雨の中、僕は小田急相模原駅で降り、あのまっすぐな道をてくてく歩いてLS安藤さんに向かいました。

 手にとらせてもらったそのパイプは、素晴らしい1本でした。地味な意匠ですが、柾目が奇跡のように揃っていて、埋めなどあろうはずもなく、入手できなかったら、今後の人生を確実に暗くしてしまうだろうことがはっきり予見できるようなパイプでした。買いです。買いでした。買いなのです。

 その“MEMORIAL”は、今、この文書を書いているPCのすぐ右手に置いてあるのですが、まだ、なんとなく、このパイプを無事に購入し、自分のものにできたということが信じられず、何度も目と手で確認している有様です。ちゃんとある。手で握ることもできる。でも、本当に現か? 夢ではないのか? 実感できるようになるまで、あと数日かかりそうです。

煙の玩具61

 ……と、いうわけで、61本目です。気がついたら落札していました。何だか夢でも見ていたみたいです。でも、夢と違ってお金をとられます。そして、自分では購入を止めることはできないんだ、ということを知って、しゅんとしてしまいました。

HANSEN のシェイプは、初期のフリーハンドのような大仰なものから、だんだんとクラシックに移っていったと言われていますが、この一本は、そういった変化の中で作られたものなのかもしれません。初見でデンマークのパイプだと察するのは難しいのではないか、と思います。09のロバットに意匠がよく似ています。作った職人さんが同じ人なのかもしれません。並べてみたとき、共通点がたくさんありました。HANSEN のパイプの中では、後期に作られたものだろうと思います。

 eBay で、非常に安価で入手しました。ライバルは現れることはありませんでした。珍しいことですが、これまでにもあったことです。なにか、幸運だったのでしょう。

 このパイプは、目立ちません。おとなしく、地味なシェイプです。でも、とても具合がいいパイプです。家の外で使うことが多くなると思います。09とロバットと対になるパイプですが、09よりもふたまわりほど小さく、輸送が簡単です。

ああ、やっぱり買ってしまった。この先、どうなるんだろう。

煙の玩具60

 60本目の HANSEN です。eBay で落札しました。ちょっと意外です。僕は、もし、次の HANSEN を入手することがあるのなら、どこかのお店ではないだろうか、と考えていたのです。

 こんなパイプです。

 ステムがエボナイトなので、工房前半のものだと思います。残念なのは、前のオーナーがおおらかな性格の人だったらしく、このパイプは満身創痍なのです。

 この得体の知れない焦げ痕は何なのでしょう。どこをどうすれば、こんなところが焦げるのでしょうか? ボウルトップはコツコツやられた痕だらけだし、何より、到着したときは(予想はしていたのですが)ステムがシフォンケーキみたいに黄色でした。そういう仕様なのかと思ってしまいそうな、猛烈なことになっていました。なので、とりあえず、ざっと応急メンテ。すぐに、もうちょっとレベルの高いレストアをする予定です。

 しみじみと眺めてみたりして。60本目ですからね。走馬灯が見えます。

 二度、火を入れてみましたが、僕にとっては、とても具合がいいパイプでした。傷だらけですが、愛用することになると思います。

 また、次の HANSEN が目の前に現れたとき、そして、そのとき、僕が赤貧だったら、僕は「もういいや」って見過ごすでしょうか。もう、こんなに持っているんだし。

 それとも、また、何か無茶をやって、手許に置くのでしょうか。

 そんなこと、もう予想できます。僕はきっと……。

煙の玩具59

 あっと思ったら、入札していました。絶対に手が勝ってに動いたのです。もう、破産から逃げるためにはPCを叩き壊さないと、ダメですね、こりゃ。

 eBay で落札しました。ライバルが多くてキツかったです。しかし、1本前の58がサムソンみたいな巨人だったのに、今回入手したこのパイプはたおやかなお姫様のようです。ステムがエボナイトなので、Hansen の歴史をざっくり二分すると前期のもののはずなのに、ぜんぜんそれっぽくない。お姫様なので「守って」というオーラを出しています。

 家から持って出られるパイプですね。軽いし、そんなに大きくないし、シェイプも何も主張していないし。
 って、なにゴチャゴチャ書いているかっていうと、50本でやめる予定だったのに、今、書いているこのパイプが59本目であるという、その自分の意志の弱さから目をそらそうとしているんですね。
 あっという間に9本オーバーという事実を本当はちゃんと飲み込まなければならないはずなのに。
 実は、所有している“平成 Hansen ”を数に入れると60本になるのですが、あれはあまりにも情緒がないということで、数に入れていないのです。そして、それがまた、もう1本買うための言い訳だってことを僕はわかっているのです。
 そして、60本目となる1本を僕はもう eBay で入札しているのです。

 僕のパイプ仲間は「もう、こうなったら行くとこまで行くしかないっしょ」とか言っています。でも、“行くとこ”って、どんな場所なんですか? 僕は怖いんですけど。

煙の玩具56

 確かに55のパイプは、一年以上ひとりぼっちで、ラックの中で浮いた存在でした。けれども、2011年07月15日、僕が尊敬しているパイプの先輩から「Hansen を譲る」というメールがあり、添付されていた画像を見たとき、僕は驚きました。

 55は独りではなかったのです。“対”となるパイプは、ちゃんといたのです。

 先輩はすぐにパイプを郵送してくれました。こうして、理想的な一対となるもう1本のパイプは、僕の“独りぼっち”と並ぶことになったのでした。

 こちらもグレインが素晴らしい、この1本だけでも自慢できるほどのパイプでした。いいことって、ほんのたまにだけど、あることはあるんですね。

煙の玩具55

 そして、舞台は再び、新所沢になります。

 記録によれば、僕は2010年の05月27日に京垓さんからパイプを購入しています。「Hansen のパイプが入ったんだけど、買うかい?」という電話を社長さんがかけてくれて、僕は「行きます。だから、僕がお店に着くまでは、とっておいてください」と応じ、15分後には家を出ていました。

 社長は僕に“そのパイプ”を手渡しながら「Hansen って、ずいぶんいろいろとあるもんだね」と仰いました。

 こんなパイプです。

「本当に Hansen かなあ、これ」。

「Hansen ですよ。刻印も全部入ってるし、このグレインを見てくださいよ。このバンドのせいでモダンに見えるけど、ステムはエボナイトだし、古いパイプですよ、こりゃ。買わせていただきます」。

 好きな作家のパイプが久しぶりに手に入ったので大喜びの僕でしたが(こんなにユニークなパイプじゃ“対”になるパイプなんて見つからないんだろうな)などと、少し寂しいことも考えていました。

 そんなことはないってことは、すぐにわかるのですが。