煙の玩具07

 僕は神秘主義者ではありません。お化けも幽霊も信じないし、別の恒星系の住人が、光の速度でも何万年もかかる距離を踏破して、わざわざこの地球に訪れるはずがないと確信しているので「宇宙人がこの星に来る」なんてことは絶対ありえないと思っています。

 ところが、星回りというものが、僕に悪意を持っているな、と考えてしまうこともあります。菊水さんから「1本、Hansen が入荷しました」という電話をいただいたとき、僕は赤貧洗うが如しの状態でした。でも RESERVED にしてもらえばいいだけの話ですし「見るだけ見てください」という言葉に甘えさせてもらうことにして、会社をあがった後、僕は銀座に向かいました。そして「これです」と見せていただいたパイプを見たとき、僕は、こう何か大きな存在、あるいは流れが、僕のことをからかって遊んでいるのではなかろうか、と思ったのです。

 そのパイプは、これでした。

 それは、手もとにある黒紫と完全に対になるパイプだったのです。これはボウルの大きさ、シャンクの長さは06と同じでした。そして、こちらは色がブラウンで、ステムがサドルでした。まさに、対になる1本だったのです。

 こうなると、話は全然、違ってきます。心が発熱し、一刻も早くこのパイプを入手し、手もとにある相方と並べないといけない、という、根拠のない義務が発生しました。1ヶ月なんて、とても待ってはいられません。他のシェイプだったら話は別ですが、これは“対”となりえるものです。

 どうやって、このブラウンのパイプを購入したかについては記憶が曖昧です。とにかく、3日ほどの苦しみのあげく、どうやって工面したのか憶えていないお金を持って、僕は菊水さんに臨みました。そして、購入し、帰宅し、06の Hansen と並べたときに、僕は心地よい「ガックリ」に身をまかしてベッドに仰向けに倒れたのでした。ここまでやらないと、焦燥感が消えないのです。この「対になるやも知れぬ」というおかしな衝動は、この先もずっと僕を苦しめることになるのです。そして、多分、これから先も。

 本来、06のパイプは、家から簡単に持って出られるパイプとして買ったものです。そして、06とこのパイプは、小さくはあっても、それなりにシャンクが長く、目に煙が来たりしないため、僕にとっては「具合のいいパイプ」でした。この2本のために、僕は専用のポーチを買い、黒紫とブラウンはいつでもこの中に仲良く入っています。そして、僕はまだ、一度もこのポーチを持って外出したことはありません。